2016年9月29日

教育現場における伝版®の活用(韓国・蔚山大学)

伝版®を使った日本語専攻者のためのライフキャリア支援プロジェクト

この夏、楽伝は本拠地・黄色い家に久しぶりのお客様を迎えました。一時帰国された、韓国・蔚山大学(ウルサン・蔚山広域市)日本語日本学科で教鞭をとる小松麻美先生です。この日は楽伝との共同研究「伝版®を使った日本語専攻者のためのライフキャリア支援プロジェクト」について、中間レビューを実施しました。

パイロット授業が行われた研究室にて

出会いは、2年前に京都で開催された日本心理学会第78回大会での発表の場。楽伝は「コミュニケーション教育に資するグラフィックツール」と題し、伝版®のねらい、開発の経緯、伝版®の効果、さらに企業・大学・行政等における主にキャリア教育における活用実績をご紹介していました。小松先生は、学生たちの生涯発達に力を与えるものとして「語りによる学習(ナラティブ学習)」を重視し、周囲に日本語環境のない中で“日本語で話す”ことが前提とされる韓国の大学における日本語専攻科目を、学習者一人ひとりの「語り」を引き出す絶好の機会と捉えておられました。その「語り」を引き出すツールとして、我々の発表内容から伝版®に期待を寄せていただいたのでした。以来、韓国と日本、リモートでの情報・意見交換に加え、一時帰国された機会を通じて準備を進め、現在の共同研究スタートに至りました。

今年度はまず、日本から韓国を学びに訪ねた日本人留学生を対象に、自らのキャリアデザインに取り組むミニワークショップを実施したのち、蔚山大学在籍の韓国人大学生を対象にワークショップを展開しました。

2014年、日本心理学会第78回大会での出会い
小松先生:《川》《花》《木》《発芽》といった伝版®を前にして、日本語学科在籍中とはいえ、母国語でない外国語である日本語で韓国人の学生たちが熱心に記載してくれた様子は期待以上でした。伝版®は、自然をモチーフにしたシンプルかつカラフルなデザインが生み出す“気軽さ”も大切な特徴のひとつですね。内面の言語化を助け、可視的に表現することができます。海外の大学日本語教育現場では学習者間の日本語のレベル差が大きくなりがちですが、伝版®を使うことで“どの学習者も気軽に日本語で自らを表現することのできる場(学習活動)”を作ることができます。 

学生の皆さんからは「今まず何をしなければならないか」だけでなく、自分を知り、その先の自らの生き方を考えてこれからの行動を考える良い機会となったことなどが評価されていました。
  • 目の前のこと=就職活動ばかり心配していたが、その先のことを久しぶりに考えることができてよかった。
  • 現実的な問題にばかり気をとられ、本来私がやりたかったことを最近忘れていました。ワークショップで今までの私を振り返ることで、自分の夢をたしかめることができてとてもうれしかったです。
  • 日本語の勉強はただ漢字を覚えることだけではないと思った。日本語でのこのワークショップで自分自身を理解するよい経験ができた。今までの自分のことを考え、さらにこれから先へ進む時に必要なのが何か、考えるようになった。
大学生の皆さんに許可をいただいて、書いていただいた伝版®と、伝版®を使った感想を楽伝も拝見させていただきましたが、1)これまでのネガティブな経験についても伝版®に書き出すことで言及や捉えなおしがしやすくなったこと、2)伝版®に「書く前」と「書き出した後」及び「過去-現在-未来」など、時間の経過にそって自らを客観視できたこと、3)将来を考える(キャリアデザインを行う)という一連の活動に積極的に取り組むことによって Confidence(自信)が高まったことなども、伝版®使用の効果として、使用者(大学生)およびファシリテータである小松先生双方が認識されていたようです。

蔚山大学キャンパス
小松先生来訪のこの日は、日本の大学で、アジア各国から来て学ぶ大学生を対象にした講義を担当されている
柴橋美穂先生にも同席いただきました。こちらの講義も、学生にとっては母国語でない日本語で行われ、グローバル人材として働いていくことをめざす留学生にとって異文化である「日本社会とその文化」について、体験も交えて学びながら自らのキャリアを考えることにつなげていくものです。プログラムの一部である、自らのキャリアを模索する過程で伝版®が活用されています。

それぞれの地で大学生と向き合われるお二方のお話から、「外国語や外国文化を学びたい」という自らの《好奇心》をさらに一歩伸ばし、将来のありたい自分像との関わりを吟味し、具体的に行動することへの動機づけを、大学内外の他者との関わりを通じて大学時代のうちに促進していく重要性は、韓国でも日本でも共通の課題であることが確認されました。

今後、外国語を学習する大学生を対象に、語学や文化への興味を入口として、より具体的な将来の自分像を抱く動機付けを行うためのワークショップ形式の学習プログラムの設計のあり方や、日韓双方で担当された大学生を対象とする伝版®を用いた講義の結果を相互共有いただくことにより、「外国語で学ぶ」人を対象とした伝版®利用の効果について考察を続けていただく予定です。 

【参考】教育現場における伝版®の活用の一例


 
*楽伝はコミュニケーション力とキャリアの開発を両輪ととらえ、多様性と変化あふれる社会において力を発揮する人材を育てることを通じて社会に貢献します。

2016年9月1日

研究発表:転職経験者に学ぶ“転換力”

第31回国際心理学会議&日本心理学会第80回大会、発表を終えて

楽伝は、キャリア教育/キャリア開発への取り組みの過程で得た問題意識と知見を発信する活動として、株式会社伝耕と協働し、日本心理学会年次大会における発表を続けています。
さまざまな立場からこのフィールドに関わる専門家の皆さまに刺激をいただくことが毎年の楽しみです。

2016年は7月24日~29日に神奈川県横浜市(パシフィコ横浜)で共同開催された第31国際心理学会議(ICP)/日本心理学会第80回大会にて、発表を実施致しました。
 
今年度のICPは“Diversity in Harmony: Insights from Psychology”を開催テーマに、63項目のトピックにおいて研究や活動を通じた知見の発表が実施されました。

その中の“Industrial and Organizational Psychology(組織心理学)”のトピックのもと、我々はCareer Adaptability: A Qualitative Understanding from the Cases of Career Changers in Japanと題し、ポスター発表を行いました。

◆本研究テーマの背景
キャリアについて考える際、「変化の激しい時代」という枕詞がつくようになって久しいですが、年功序列や終身雇用の習慣・制度が根強い歴史をもつ日本社会で知見が蓄積されてきた「既存の組織内におけるキャリアの有り様」に関する考察だけでは、次世代への学びの契機としては十分ではないと感じてきました。

転職経験をもってキャリア形成をはかってきた人の割合がいまだ限られるわが国においては、自ら環境の「変化」を受け入れる選択をした転職者が「変化」の前後で、何をコンピテンスとして新しい環境に持ち越し、何を捨てて改編したのか、新しい環境で学んだことは何かなどについて、様々な事例や身近なロールモデルを参照して学ぶ機会はほとんどないのが現状です。

キャリアに関連して、今後どのような未来が待っているか、予測がつきにくい側面もありますが、個人が望むと望まざるとにかかわらず、変化に直面する確率(Probability)は今後いっそう大きくなります。

そこで、すでに変化を経験したキャリアチェンジャー(転職経験者)の戦略と、彼ら彼女ら自身の学びの経験《共有知》とすることを目指し、転職経験者8名の方を対象にした探索的インタビューを実施することを決めました。

◆キャリアチェンジャーに学ぶ“転換力”
転職経験者には、ライフヒストリーを語ってもらう形式で、これまでのキャリア、各キャリアにおける学び、キャリア間における継続性や適応可能性について多方面からお話をしていただきました。

8名の転職経験者の方に共通する「態度(行動に先立つ心構え)」は、保持すること」と「捨てること」、「新しく得ること」についての逡巡が少ないこと
― そこから浮かび上がったのが《転換力》です。

《転換力》とは、Aという条件の中で奏功した要素を未知のBという条件に適応させるための探索行動と,適用を試みる行動の二つを指すと、われわれは定義していますが、転職に際し、転職経験者は「転換」を生じさせやすい「3つの態度」を持ち、「2つの転換行動」を行うことで、新旧の環境(職場)をつないでいることが見いだされました。

「転換」と「転換行動を生じさせやすくする態度」についての詳細は以下の通りです。

Conversion(転換)を生じさせやすくする態度】
<好奇心>
・新しいコンテクストで学べること・身につくことが何かを探索する
新しいコンテクストだからこそ学んだり、新しく学べる領域・知識について、想定できる範囲で具体的にイメージし、仕事に対するモチベーションを維持することができる。

<コントロール>
発表ポスター
①成果のレベルと時期をコントロールする
「変化」の後に必要なスキルやメソッドが何かを特定したら、成果をどの時期にどの程度出すのかについて急ぐことなく、新しいコンテクストで自らが成果を出す時期とレベルをじっくりと見極めて行動する。想定した分野で仮にすぐには成果が出ないことがわかったとしても、「待ち」の状態が続くことに否定的なイメージを抱かない。

②転職によって、ライフとワークの関係を見直すことが、より良いストレスマネジメントにつながると認識する。
前のコンテクストと、新しいコンテクストを比較して、自らのより良い人生のために必要なワークとライフの有り様について見直すことができる。

<関心>
・他者に学び、職業アイデンティティを改訂する。
自己認識のみにとらわれず、ジョブマーケット・新しいコンテクストでの他者からの要求やフィードバックを参照して、職業アイデンティティを改訂することができる。

【転換行動】
1)コミュニケーション様式を変更することを試みる。
コミュニケーション様式はコンテクストにより異なることをあらためて認識し、新しいコンテクストで求められるコミュニケーション様式を模索しようとする。

2)奏功するビジネススキルが何かを見極め、あてはめる。
事前に想定してきたものであるかどうかに関わらず、新しい文脈において競合優位性のあるビジネススキルが何かを分析し、ビジネス場面におけるマナーから一般的なビジネススキル(プロジェクトマネジメント)や専門的なビジネススキル(マーケティング・財務分析等)など、コンテクストの変化に応じて役立つスキルのオプションを想定し、あてはめてみる力を発揮する。奏功した場合には、結果としてその成果を周囲に共有することができる。

◆実践を通じ、学び続ける
当日の発表では、若年層の職場への定着を研究している民間シンクタンクの研究者の方、国内情勢がいまだ不安定で今後の労働市場の大きな変化が想定されるウクライナの研究者の方など、キャリアチェンジがご自身のあつかう課題と直結していると感じておられる方々が興味をもってくださったようです。

われわれは今後とも「NPO法人楽伝における社会活動を通じての学び」と「伝耕における営利企業としての活動からの知見」を意識的につなげ、両者の実践経験をひきだし、ひもとき、くみたてることによって、皆さまのお役に立てる情報の発信、さらには新たなツールとノウハウづくりを手掛けてまいります。

今回取り上げたキャリアチェンジというテーマについても、「研究」という領域のみに特化した専門家ではないわれわれだからこそできる実践的研究を、今回の発表をスタート地点として続けていきたいと考えています。

*楽伝はコミュニケーション力とキャリアの開発を両輪ととらえ、多様性と変化あふれる社会において力を発揮する人材を育てることを通じて社会に貢献します。

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